採用を社長一人で決める会社の、判断の固め方
従業員が数人の会社では、採用の可否を社長が一人で決めます。決裁が速いのは小さい会社の数少ない武器ですが、速さが効くのは基準が先にある場合だけです。基準を持たずに会った順に判断すると、一人目が無意識の物差しになり、三人目のころには条件が緩んでいます。ここでは、募集を出す前から入社日までを、判断の順番で並べます。
社長一人で決めると、どこが崩れるか
崩れるのは面接の腕ではなく、判断の記録です。二次面接も人事部もないので、誰かに説明する場面が一度もない。説明しない判断はメモにも残らず、半年後に同じ求人を出したとき、前回誰を何の理由で見送ったか思い出せません。結果として同じ書類を同じ時間かけて読み直すことになります。
もうひとつは、応募者が少ない月ほど基準が下がることです。応募が一人しか来なければ、その一人と「採らない」を比べることになり、採らない側の損失(また求人票を作り直す、繁忙期に間に合わない)が頭にちらつく。この状態で決めた採用は、入社後に合わないと分かったときの手間が大きく、辞めてもらう手続きは思っているほど簡単ではありません。
だから、応募が来る前に基準を書いておく。会ってから考えるのではなく、会う前に決めておいた線に照らすだけにする。これが一人で決める会社の唯一の防波堤です。
募集を出す前に、紙に書いておくこと
最初に書くのは職種名ではなく、社長の手から離す作業です。「人が足りない」で募集をかけると、来た人に何を任せるかが決まっていないまま初日を迎えます。手が空いた時間に雑用を渡すことになり、本人は「聞いていた仕事と違う」と感じて数か月で抜けます。見積の作成なのか、現場の段取りなのか、配達と請求書の発送なのか。日単位で渡す作業を三つ書き出せば、求人票の仕事内容はそこから起こせます。
次に労働条件です。職業安定法では、募集の段階で示さなければならない事項が決まっています。業務内容、契約期間、就業場所、労働時間と休憩休日、賃金、加入する保険、募集者の名称といった項目です。条文は記事末尾の公式ページで確認してください。ここを曖昧に書くと、入社後に「残業代はどうなっているのか」で必ず揉めます。
賃金を決めるときは、地域別の最低賃金を下回らないかを必ず当てます。最低賃金は毎年改定され、都道府県ごとに違います。改定の時期をまたいで募集する場合、出した時点では足りていた額が、入社の月には下回っていることがある。改定をまたぐ募集は、改定後の額で組む。最新の一覧は記事末尾の公式ページにあります。
どこに出すか、出したあと誰が返信するか
ハローワークは費用がかからず、地域の求職者に届きます。求人票の記載がそのまま労働条件の明示になるので、書いた内容は入社時の条件として効いてきます。逆に言えば、決めきれていない項目を勢いで埋めると、後から下げられません。有料の求人媒体は目に触れる数が増えますが、その分だけ応募対応の工数も増えます。
小さい会社で致命的なのは、掲載先の選択より返信の遅れです。応募者は同時に何社か受けています。現場に出ていて夜まで応募メールを開けない社長は珍しくありませんが、三日空くと他社の面接が先に入ります。掲載する前に、「応募が来たら翌日中に返す」「返信は昼休みにまとめてやる」と自分の一日の中に置き場所を作っておく。ここを決めずに出すと、金をかけて集めた応募をそのまま取りこぼします。
取引先や従業員からの紹介は決まりやすい反面、断ったときに関係が残ります。紹介を頼むなら、賃金と仕事内容の線を先に相手に伝えておく。伝えずに会うと、断る理由を説明できずに気まずくなります。
会う前に決めておく、当日の進め方
一人で面接をすると、話しながら評価もするので記憶が混ざります。同じ日に二人に会うと、後の人の答えが前の人の記憶に上書きされる。会った直後、次の予定に移る前に、その場でメモを書ききってください。書くのは印象ではなく事実です。前職で何を任されていたか、辞めた理由をどう説明したか、通勤にどれだけかかるか。
場所は、可能なら実際に働く場所を見せます。従業員が数人の会社は、机の距離も休憩の取り方も外からは分かりません。事務所も現場も見せずに採ると、入社してから「思っていたのと違う」となり、早い段階で抜けます。見せた上で辞退されたなら、それは入社後に辞められるより安く済んだということです。
採るか見送るか、迷ったときの分け方
迷いは三種類に分けると片付きます。ひとつ目は能力が届いていない場合。これは、育てる時間をこちらが出せるかどうかの問題で、社長が毎日教える余裕がないなら見送りです。ふたつ目は条件が合わない場合。希望額が予算を超えている、勤務時間が噛み合わない。これは感覚ではなく計算なので、動かせる幅を先に出しておけばその場で答えられます。
厄介なのは三つ目、感覚が合わない場合です。理由を言葉にできないまま引っかかる。人数が多い会社なら配置で吸収できますが、数人の会社では毎日同じ空間で顔を合わせるので、吸収先がありません。ここで無理をすると、本人が辞めるだけでなく、先にいた従業員が先に辞めます。言語化できなくても、見送る判断としては成立します。
そして、保留にするなら期限を切る。「もう少し他の応募を見てから」と伸ばした結果、相手が他社に決まってから連絡するのが一番損です。いつまでに返すと本人に伝え、その日に決められないなら見送りにする。
内定を出したあと、入社日までに間に合わせるもの
口頭で「来月から来てください」と言った時点で、こちらは労働条件を書面で示す義務が発生します。募集時の明示とは別に、契約する条件を改めて渡す。ここを省くと、賃金の締め日や残業の扱いで初月から食い違います。加えて、雇用保険や社会保険の手続きには期限があり、入社してから慌てると本人の保険証が間に合いません。
就業規則は、人数によっては作成して届け出る義務が生じます。義務の規模に届いていない会社でも、休みの取り方、遅刻や早退の扱い、貸与品の返却といった最低限を一枚にまとめておくと、次に人を採るときそのまま使えます。ゼロから文章を起こす必要はなく、厚生労働省のモデル就業規則が記事末尾の公式ページにあります。自社に要る条文だけ抜いて直すほうが早い。
最後に初日の段取りです。社長が終日外に出る日を入社日に当てない。誰が何を教えるか決まっていないまま初日を迎えると、新しく入った人は座って待つことになり、その一日で会社の印象が決まります。
次の採用のために、何を残すか
採用が終わったら、求人票の控え、応募者ごとのメモ、見送った理由、採ると決めた理由を一か所にまとめて残します。次に募集するとき、求人票は前回の原稿を直すだけで済み、判断の線も引き直さずに使えます。一人で決めている会社ほど、この記録が唯一の引き継ぎ資料になります。
あわせて、入社後しばらくの様子も同じ場所に書き足してください。面接で良いと思った点が実際の仕事でどうだったか、逆に気にしていた点が問題にならなかったか。これを二、三人分ためると、自分の判断がどちらにずれる癖があるか見えてきます。他人に見せる書類ではないので、体裁は要りません。
一次ソース(公式ページ)
制度・料金は改定されます。本記事は執筆時点の情報です。最新情報は必ず上記の公式ページでご確認ください。
よくある質問
面接に家族や従業員を同席させたほうがいいですか。
同席者を入れるなら、その人が何を見る役かを先に決めてください。役割を決めずに座らせると、社長の印象を追認するだけになり、二人で見た気になって精度が落ちます。現場を任せる予定の従業員に、実際の作業の場を案内させて後で感想だけ聞く形でも、十分に別角度の材料になります。
試用期間中なら、合わなかったときに辞めてもらえますか。
試用期間中であっても、労働契約は成立しているので、こちらから終了させるには相応の理由と手続きが要ります。入ったその日から自由に切れる期間ではありません。どうしても難しいと感じた時点で、まず勤務の記録と指導した内容を残し、社会保険労務士など外部に相談してから動いてください。
求人票に書いた条件を、入社の段階で変えても構いませんか。
条件を変える場合は、変わった内容を本人に明示してから契約する必要があります。特に賃金や勤務地を募集時より不利にすると、後でトラブルの原因になります。募集段階で決めきれない項目は、幅を持たせて書くのではなく、決まる時期を示しておくほうが後が楽です。