建設業の研究開発税制 — 現場の技術開発は対象になるか
新しい工法を試した。現場に合う治具を自分たちで作った。既製の材料では条件に合わないので配合を変えて試験体を打った。建設業ではよくある話ですが、これが税金の控除につながると考えている会社は少数です。研究開発税制は研究所を構えたメーカーのための制度ではありません。ただ、建設業で使おうとすると他業種にはない引っかかりが二つあります。費用が工事原価に紛れ込んでいることと、現場条件への対応と試験研究の区別がつきにくいことです。
建設業でこの話が出てくるのはどんな場面か
実際に相談になるのは、たとえばこんな場面です。軟弱地盤で標準の改良工法が想定どおりに効かず、配合と施工手順をいくつか変えて試験体を作り、強度を比較した。寒冷期の打設で養生方法を変えた場合の品質差を、自社で条件を振って確かめた。積算や工程管理のソフトが自社のやり方に合わず、社内の人間が仕様を書いて内製した。解体現場の粉じんを抑えるために、散水以外の方法を試してデータを取った。どれも「研究」という言葉では呼んでいない作業です。
こうした費用は、社長の頭の中では「余計にかかった分」として処理されています。誰にも申告していないので、決算のときに税理士の目にも触れません。研究開発税制は、申告書に明細を付けて自分から使いに行く制度です。黙っていて税務署が拾ってくれることはない。だから、そもそも自社に該当しそうな作業があるかどうかを、経営者側が先に把握しておく必要があります。
その作業は試験研究に当たるか、線はどこか
判断の軸は一つです。やってみる前に結果が分かっていたかどうか。カタログどおりの材料を、メーカーの示す手順で、仕様書どおりに施工する。ここには新しく確かめることがありません。既存の技術や知見をそのまま当てはめる作業は、どれだけ手間がかかっても対象外です。逆に、既存の方法では条件を満たせないことが分かっていて、うまくいくか読めないまま条件を振って比較した、という筋道が説明できるなら検討する価値があります。
建設業でいちばん危ないのは「うちは一品生産だから毎回研究だ」という理屈です。現場ごとに土質も気候も違い、その都度対応するのは建設業の通常業務であって、それ自体は施工管理の範囲です。ここを広く取って費用を積むと、税務調査で真っ先に突かれます。線を引くなら、対応の中に事前に答えのない検証が含まれていたか、その検証結果が次の現場でも使える知見として社内に残っているか。この二つが説明できるかどうかで見てください。
工事原価に埋もれた費用をどう取り出すか
建設業でこの制度が使いにくい最大の理由がここです。材料も外注も人件費も、まず工事番号にぶら下がって原価に流れます。試験に使ったセメントも、試験体を作るために出した手間も、その工事の原価として処理されている。決算になってから「あの現場の試験の分だけ抜いてくれ」と言っても、伝票にその区別が書かれていなければ、抜き出しようがありません。
だから、対象になりそうな取り組みを始めた時点で、工事番号とは別にテーマの番号を切ります。試験に使った材料の納品書、試験体の処分費、外部の試験機関への委託費、大学や技術コンサルへの相談料。これらの伝票に、工事番号と並べてテーマ番号を書く。それだけで決算時の作業は現実的な量になります。逆にこれをやらないと、期末に思い出しても手遅れです。証憑を後から並べ替えて按分表を作っても、根拠として弱い。
人件費でいちばんもめるのはどこか
費用の中で金額が大きくなるのはたいてい人件費で、同時にいちばん揉めるのもここです。制度は、専門的な知識をもってその試験研究に従事した人の人件費を対象にします。建設業の現実は、現場代理人が昼は施工管理をして、夕方から試験の段取りと結果の整理をやる、という混在です。この状態で「彼の給与の一部」と言い出すと、根拠を求められます。
必要なのは、後から作った按分表ではなく、その日その場で書かれた記録です。日報や作業日誌の摘要欄に、テーマ番号と作業内容、かかった時間を書く。書式は既存のものでかまいません。社長本人が試している会社も多いですが、役員報酬の扱いは通常の従業員と同じには考えられない部分があるので、そこは顧問税理士に自社の役員の職務内容を説明したうえで判断してもらってください。会社によって結論が変わります。
使える年と、使えない年がある
これは税額控除の制度です。法人税が出ていなければ、いくら費用を積み上げても引くものがありません。赤字が続いている会社が期待して準備を進めても、その期の効果はゼロです。控除しきれなかった分の扱いは制度の設計次第で、改正のたびに動きます。ここは最新の内容を記事末尾の公式ページで確かめてください。
もう一つ、控除できる額には法人税額を基準にした上限が置かれています。費用の額だけを見て節税額を見積もると、実際の申告で目減りします。設備投資や賃上げの優遇と同じ期に重ねて使うと、それぞれの上限が絡んで思ったほど効かないこともある。決算予測を出す段階で、どの制度を優先して当てるかを税理士と決めておくほうが確実です。
税理士に相談する前にそろえておくもの
「研究開発税制、うちで使えますか」とだけ聞いても、答えは返ってきません。判定に必要な材料が会社側にしかないからです。次のものを持って行くと、その場で見込みが立ちます。
- その取り組みを始めた理由と、始める前に分かっていなかったことを書いた社内メモ(一枚で足りる)
- 試した内容の記録。日付、担当者、条件、結果。うまくいかなかった回の記録も残す
- 費用が乗っている伝票と、それが紐づいている工事番号
- 外部に出した分の契約書、見積、試験成績表
- 補助金を受けているなら、交付決定通知と実績報告
失敗した試行の記録を捨てないでください。結果が出なかったこと自体が、事前に答えが分かっていなかった証拠になります。成功した分だけきれいに整理された資料は、かえって「最初から分かっていたのでは」と見られます。
来期も使うなら、現場の記録から変える
一度使えたとしても、翌期に同じ苦労を繰り返すなら続きません。仕組みにするなら、変えるのは経理ではなく現場の記録です。テーマ番号を切って日報の摘要に入れる運用にして、月次で経理がその摘要を拾う。年に一度の決算でまとめてやろうとすると、記憶も証憑も残っていなくて破綻します。
判定する人も決めておきます。現場から上がってきた作業がテーマに当たるかどうかを、技術側の責任者と経理が月に一度、短時間で確認する。この場を作ると、対象になりそうな取り組みが始まった時点で番号が切られるようになります。制度の細かい要件や控除の枠は改正で動くので、決算月の少し前に一度、記事末尾の公式ページで当期の扱いを確認してから申告作業に入ってください。
一次ソース(公式ページ)
制度・料金は改定されます。本記事は執筆時点の情報です。最新情報は必ず上記の公式ページでご確認ください。
よくある質問
研究部門も専任の技術者もいない会社でも使えますか。
部門を持っていることや専任者を置いていることは制度上の入口条件ではありません。問題になるのは、その人がその作業に専門的な知識をもって従事したと説明できるかどうかで、兼務でも記録があれば話は進みます。逆に、部門があっても記録がなければ費用を積み上げられません。
補助金をもらって行った技術開発の費用も入れていいですか。
補助金で賄われた部分については税制側で調整の仕組みがあり、そのまま全額を積み上げることはできません。交付決定通知と実績報告、精算の内訳を残しておいてください。どこまで調整されるかは補助金の性質でも変わるので、顧問税理士に交付書類ごと渡して判断してもらうのが早いです。
発注者の仕様で求められた品質管理試験は対象になりますか。
契約上の義務として行う試験練りや品質確認は、通常の施工管理の一部と見られやすく、対象にしにくい部類です。ただし、その試験で既存の方法では基準を満たせないことが分かり、自社で配合や手順を組み直して比較検証した部分は別扱いになりえます。義務の履行と、そこから先の試行を記録上で分けておくことです。