ホーム / 記事一覧 / 経営の実務
比較

美容室の事業承継税制 — 個人版と法人版どちらに当たるか

公開 2026-08-23 · 経営の実務

美容室を子どもや古株のスタイリストに引き継ぐ話になると、税理士から「事業承継税制が使えるかもしれない」と言われることがあります。個人版と法人版は名前が似ているだけで、対象になるものも、継いだ後に何年も続く手続きも別物です。美容室の場合はさらに、保健所への届出とテナントの賃貸借が絡んで、税金の話だけでは段取りが組めません。

どちらの制度に当たるかは、法人にしているかで決まる

自分の店がどちらに当たるかの見分け店を会社(法人)にしていて、株式を後継者に渡す形か → はい: 法人版。対象は株式で、契約や許認可は会社に残る。個人事業のままで、設備や店舗を直接渡す形か → はい: 個人版。対象は事業用資産で、名義変更を一つずつ行う。店舗は賃借、設備もリース中心で、自前の資産がほとんどないか → はい: 猶予される税額が小さく、手間に見合わない可能性が高い。店舗の土地・建物を所有している、または自宅兼店舗か → はい: 小規模宅地等の特例との選択になるため、先に有利判定を。いずれにも当てはまらない場合: どれも当てはまらないなら、まず資産の一覧を作って税理士に概算を出してもらうところから自分の店がどちらに当たるかの見分け店を会社(法人)にしていて、株式を後継者に渡す形かはい法人版。対象は株式で、契約や許認可は会社に残るいいえ個人事業のままで、設備や店舗を直接渡す形かはい個人版。対象は事業用資産で、名義変更を一つずつ行ういいえ店舗は賃借、設備もリース中心で、自前の資産がほとんどないかはい猶予される税額が小さく、手間に見合わない可能性が高いいいえ店舗の土地・建物を所有している、または自宅兼店舗かはい小規模宅地等の特例との選択になるため、先に有利判定をいいえどれも当てはまらないなら、まず資産の一覧を作って税理士に概算を出してもらうところから

まず誤解を解いておくと、個人版と法人版は見比べて有利なほうを選ぶ制度ではありません。株式会社にしているなら法人版、個人事業のままなら個人版で、今の形態によって自動的に決まります。迷う余地があるのは「渡す前に法人成りしておくか」を検討している段階の人だけです。

違いの中心は、何が猶予の対象になるかです。法人版が対象にするのは会社の株式そのもの。株式を渡せば、店舗の賃貸借契約も、シャンプー台のリース契約も、スタッフの雇用契約も会社に付いたまま動きます。個人版は事業用の資産を一つずつ載せる形で、土地、建物、機械・器具備品といった区分ごとに、贈与や相続したものを対象にしていきます。この「まとめて渡せるか、一点ずつか」の差が、後の手続き量をほぼ決めます。

美容室で猶予される資産は、思ったより小さいことがある

テナントを借りて、設備の多くをリースで入れている店だと、そもそも承継すべき自分の資産が多くありません。所有しているのはセット椅子やドライヤー、内装造作くらいで、開業から年数が経っていれば帳簿上の価値は下がっています。猶予される税額が小さいのに、計画の作成と認定、その後の報告だけは同じようにかかる。効果と手間が釣り合わない、という結論になる店は珍しくありません。

逆に、自社ビルや店舗の土地を持っている、自宅兼店舗を所有しているという場合は話が変わります。ここで注意が要るのが、同じ宅地について小規模宅地等の特例と個人版の納税猶予を重ねて使えない点です。どちらを取るかで手取りが変わりますし、片方を選べばもう片方は戻せません。自宅兼店舗なら、住居部分と店舗部分の切り分けも先に必要です。この有利不利の計算は感覚では出ないので、資産の一覧を作って税理士に判定してもらってください。

保健所と免許の手続きは、税制と別に動く

個人で営む美容所は、開設者がその個人です。開設者が親から子に変われば、原則としてその美容所はいったん廃止して、新しい開設者で届け出し直す扱いになります。施設の確認をどう行うかは自治体で運用が違いますが、いずれにせよ手続きが済むまで営業できない日が出ると、その日の予約をすべて動かすことになります。承継日を月初にするか月末にするか、その程度の調整で回避できることもあるので、管轄の保健所に先に聞いておくべきです。

法人なら開設者は会社のままなので、代表者が変わっても届出は軽く済むのが通常です。個人版で見落とされやすいのは税金以外の名義で、電気・水道、予約サイトのアカウント、キャッシュレス決済の加盟店契約、リース契約、テナントの賃貸借契約が全部先代の名前で走っています。これを一つずつ切り替える作業が、個人版の隠れたコストです。貸主が名義変更に難色を示すと、そこで承継の日程自体が動きます。

継いだ後に、何年も続く報告がある

事業承継税制は税金を消す制度ではなく、納税を待ってもらう制度です。認定を受けた後は、決められた周期で報告や届出を出し続ける必要があり、これを一度出し忘れただけで猶予が打ち切られ、本税に利子税を乗せて一括で払う話になります。店が回っている最中に、突然その支払いが来るのが一番きつい。

だから、誰がその報告を管理するのかを承継の前に決めてください。顧問税理士の月額の中に含まれているのか、別料金なのか、そもそも扱っていないのか。事務所によって対応は分かれます。また、承継計画の提出や制度そのものにも適用の期限が設けられており、改正で動くこともあります。ここは年度で変わる部分なので、記事末尾の公式ページで最新の内容を確認してください。

猶予が取り消されるのは、美容室ではどんな場面か

取消し事由は制度によって細かく違いますが、共通しているのは、事業をやめたとき、後継者が事業主や代表でなくなったとき、対象になった資産を手放したときです。美容室で現実に起きるのは、家賃交渉が決裂して移転する、内装を全面的にやり替えて古い設備を処分する、集客が落ちて面貸し中心に切り替える、といった場面でしょう。

ここで個人版と法人版の差がはっきり出ます。法人版で対象になっているのは株式なので、会社が設備を入れ替えても株式を持ち続けている限り直ちに問題にはなりません。個人版は資産そのものが対象ですから、設備の売却や廃棄が猶予の一部打ち切りにつながることがあります。買換えの取り扱いが用意されている場合もありますが、処分してから相談しても間に合いません。店を触る計画があるなら、工事の見積もりを取る前に税理士へ話を通しておくことです。

法人にしてから渡すか、個人のまま渡すか

法人版のほうが継いだ後の運用は明らかに楽です。契約も許認可も会社に残るからで、店舗が複数ある、不動産を持っている、スタッフが増えてきたという店ほど法人化の利は大きくなります。ただし、法人にすれば社会保険と役員報酬、決算の手間が固定で乗ります。承継のためだけに急いで法人成りするのは勧めません。法人版では後継者が役員に就いてから一定の期間を経ていることが求められる場面があり、法人にした翌月に株を渡す、という進め方ができないこともあります。

個人のまま渡すなら、後継者が実際に店で働いてきた実態と、承継後の開業届や青色申告の届出をそろえることが前提になります。先代が青色申告をしていることも土台です。白色のまま何年も来ている店は、まずそこから直さないと入口に立てません。どちらを選ぶかは、店の資産の重さと、後継者が今どの立場にいるかで決まります。

誰に、どの順番で聞くか

相談を進める順番1. 資産の一覧を作る(固定資産台帳と確定申告書、契約書を集める)。2. 税理士に概算を出してもらう(猶予される税額の規模で、使うかどうかが決まる)。3. 計画の窓口に相談する(都道府県の担当部署または認定支援機関へ)。4. 貸主・リース会社・銀行に当たる(名義と保証が引き継げるかは税制と無関係に決まる)。5. 保健所に届出の要否を聞く(個人版は営業を止める日が出ないよう日程を調整)。6. 承継後の報告体制を決める(誰が届出を出し続けるかを契約で明確にする)相談を進める順番1資産の一覧を作る固定資産台帳と確定申告書、契約書を集める2税理士に概算を出してもらう猶予される税額の規模で、使うかどうかが決まる3計画の窓口に相談する都道府県の担当部署または認定支援機関へ4貸主・リース会社・銀行に当たる名義と保証が引き継げるかは税制と無関係に決まる5保健所に届出の要否を聞く個人版は営業を止める日が出ないよう日程を調整6承継後の報告体制を決める誰が届出を出し続けるかを契約で明確にする

順番を間違えると手戻りが出ます。最初は税理士で、資産の一覧を出して、そもそも猶予される税額がどのくらいの規模になるのかを概算してもらう。ここで金額が小さければ、制度を使わずに贈与や相続の一般的な方法で進めたほうが早い、という判断もあります。使う見込みが立ってから、承継計画の作成と認定の窓口である都道府県の担当部署、または認定経営革新等支援機関に相談する流れです。

並行して、税金以外の相手にも当たっておきます。持ち出す資料と相談先を先に並べておくと動きが速くなります。

この確認を後回しにすると、税制の認定は取れたのに賃貸借契約が引き継げない、という間抜けな詰まり方をします。税金の猶予より先に、店が明日も同じ場所で開けられるかを固めるほうが順番として先です。

一次ソース(公式ページ)

制度・料金は改定されます。本記事は執筆時点の情報です。最新情報は必ず上記の公式ページでご確認ください。

よくある質問

店をシェアサロン(面貸し)に切り替えたら、猶予は続きますか

自分で美容室を営んでいる状態から、席を貸して賃料を受け取る形に変わると、事業の中身が貸付に寄ったと見られる可能性があります。貸付用の資産は制度の対象外という考え方が基本にあるため、切り替えの前に認定を受けた窓口と税理士に確認してください。一部の席だけを貸す混在型は判断が割れやすく、後から遡って争点になると利子税まで含めた負担が出ます。

後継者が親族ではなく、勤めているスタイリストでも使えますか

親族であることは必須ではなく、従業員への承継でも制度自体は使えます。ただし後継者側に、事業に従事してきた実態や、個人版なら承継後の開業届と青色申告の届出といった手続きが必要になります。もう一つ現実的な壁が、店舗の賃貸借契約と借入の連帯保証で、これは税制とは別に貸主と銀行の同意が要ります。

二店舗目を別会社でやっている場合はどうなりますか

法人版は会社ごとに認定を取る建て付けなので、片方の会社の株式だけを対象にすることも、両方それぞれ手続きすることもあり得ます。個人事業と法人が混在しているなら、どちらの資産をどちらの制度に載せるかを先に切り分けないと、計画の中身が実態と合わなくなります。店ごとに後継者を分ける想定があるなら、その前提で計画を作ってください。